
あれは、私が40代前半のころのことです。それまで葬儀に参列した経験は、自分の祖父母のときくらいしかありませんでした。しかも、それは中学生のころの話。大人になってから、弔事の場でどのように振る舞えばよいのか、きちんと学ぶ機会がないまま過ごしていました。そんな私が、高校時代のクラスメイトのお別れ会で、思いがけない失敗をしてしまったのです。
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高校時代の仲間との突然の別れ
高校時代のクラスメイトとは、卒業後も仲が良く、毎年年末には集まってお酒を飲みながら近況を語り合っていました。
私はクラスの副委員長だったこともあり、幹事や乾杯のあいさつを任されることがよくありました。そのため、私の中では「お酒の席でのあいさつといえば乾杯」という感覚が強く残っていました。
そんなある年、クラスメイトの1人が持病の悪化により突然亡くなりました。葬儀は家族葬でしたが、後日、故人の家に当時のクラスメイト30人ほどを招いて、お別れ会を開いてくださることになりました。
「乾杯」と言った瞬間、場が静まり返った
その席で、私はあいさつを頼まれました。故人への思いを込めてお別れの言葉を述べたあと、皆にお酒を手に取ってもらい、いつもの感覚で「乾杯」と声を上げてしまったのです。その瞬間、周囲は一瞬静まり返りました。誰も声を上げず、空気が固まったように感じました。
私は「何か変な空気になった」とわかったものの、なぜそうなったのか理解できませんでした。すると、すかさず1人の同級生が「あいつも皆に湿っぽくなってほしくないだろうし、元気に乾杯しようぜ」と声をかけてくれました。
その言葉に救われるように、周囲も「そうだな」と応じ、改めて皆で声を合わせ、お別れ会は始まりました。
後から知った「献杯」という言葉
お別れ会の後、私はフォローしてくれた同級生に、あの場の空気について尋ねました。そこで初めて、故人を偲ぶ場では「乾杯」ではなく「献杯」と発声することを知りました。
その瞬間、自分が大きな失敗をしてしまったのだと気付きました。恥ずかしいというより、故人やご家族、集まった友人たちに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
私は学生時代、決して成績が悪いほうではなく、人並みには勉強ができるタイプだと思っていました。けれど、この出来事を通して、勉強ができることと、一般常識を知っていることはまったく別なのだと痛感しました。
まとめ
学校で学ぶことだけでは、社会に出てから必要になる礼儀や常識をすべて身につけられるわけではありません。あのお別れ会での失敗は今でも忘れられませんが、大人になってからも知らないことに気付き、その都度学んでいくことの大切さを実感した出来事でした。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:森田まりお/50代男性・会社員
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年6月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
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