
私には、子どものころから何十年も、仏壇の前で唱え続けてきた言葉があります。自分では母から教わった言葉だと思っていましたが、ある日、きょうだいとの会話から、思いがけない聞き間違いだったことが判明したのです。
★関連記事:「ママ~持って帰ったよ!」小1の娘が握っていた立派な大根。入手先を聞いて固まったワケ【体験談】
朝晩の仏壇参りが習慣だった子ども時代
私の実家では、朝晩に仏壇へお参りすることが習慣になっていました。私も幼いころから、仏壇の前に座って手を合わせるのが当たり前だと思っていました。
あるとき、仏壇に手を合わせながら、何をお願いすればよいのか母に尋ねたことがあります。母は「いいことがありますように、とお願いすればいいよ」と教えてくれました。
ところが、幼かった私はその言葉を「いい子でいられますように」と聞き間違えてしまったのです。
何十年も信じて唱えていた言葉
それ以来、私は仏壇の前に座るたびに、「いい子でいられますように」と唱えるようになりました。子どものころはもちろん、大人になってからも、その言葉に疑問を持ったことはありませんでした。母に教えられた正しい言葉だと信じ、何十年も、同じように手を合わせ続けていたのです。
ところがある日、きょうだいと仏壇にお参りするときに唱える言葉について話す機会がありました。その会話の中で、私だけが違う言葉を覚えていることがわかりました。
母が教えてくれたのは、「いい子でいられますように」ではなく、「いいことがありますように」だったのです。
間違いだとわかっても変わらない習慣
長年信じていた言葉が、聞き間違いによるものだったと知り、私は驚きました。しかし、何十年も続けてきた習慣は、そう簡単には変わりません。
正しい言葉を知った今でも、仏壇の前に座ると、気が付けば「いい子でいられますように」と唱えています。長い年月をかけて、すっかり自分の中にしみついているのでしょう。
この出来事を通して、幼いころの思い込みや聞き間違いは、長い年月がたっても、心に残ることがあるのだと感じました。
まとめ
「いい子でいられますように」という言葉には、間違いだとわかった今でも、私が自分らしく誠実でありたいという願いが込められているように思います。少しおかしな聞き間違いではありますが、今では長年続けてきた大切な習慣の一つとして受け止めています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:結城なお/50代女性・パート
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年8月)
※一部、AI生成画像を使用しています。
★関連記事:「あなたが作る食事は野菜が少ない」退院して帰宅早々、義母の嫌みにイラッ #頑張り過ぎない介護 350