私の実家は遠く、車でも電車でも片道10時間はかかる距離。1人いる実兄も県外で勤めており、80歳代の父母は2人で暮らしていました。
ところが3カ月前、父が倒れそのまま入院生活へ。食べることが困難と診断され、血管から直接栄養を補給する医療介護が始まりました。
入院生活となった父のこと、1人暮らしとなった母のこと。気にはなるものの、遠方にいる私にできることは限られています。とにかく私は母から頻繁に電話で話を聞くことにしました。
母は父の着替えなどを持ち病院へ面会に行くのですが、病院では新型コロナウイルスやインフルエンザなどの感染症対策のため、面会は週1回10分程度とのこと。つかの間でも父と会えるのを楽しみにしているらしい母なのですが、どうも不満があるようでした。
「お父さんね、私が大丈夫? 調子はどう?って聞いても返事もしないし、話してくれないのよ」
入院から3カ月、もともと寡黙だった父がさらに話さなくなったと言うのです。父は、母が質問をしても反応せずぼーっとしているかと思えば、指先をトントンと動かし、キョロキョロと周りを見るばかりなのだとか。電話の向こうで母は、「お父さん、認知症かしら」と、声を落としていました。
父の言動について情報を集める
母から面会での様子を聞き、父は急な入院によりがらりと生活が変わったことで一気に認知症になったのかもしれないと私も心配になりました。そこで、母から担当の医師に相談してもらうことに。すると、「治療に関わる場面では返事はないけれど納得されてる様子ですので、問題はありませんよ。認知症ではないと思います」との返答だったそうです。
看護師さんにも相談したところ、母は意外な話を聞いたと言います。
「ご主人はとても奥ゆかしいというか、遠慮なさる方ですね。おむつ替えなど下のお世話をするとき、いつも『すみません、お手数をお掛けします』と私たちをねぎらってくださるのですよ。片言ですけどね」と看護師さんは言ったそうです。
父が話をしている!? 母も私も驚きました。話さない父、話す父、その違いは何だろう? 母と私は考えました。すると母がふと30年ほど前のことを話し始めました。
「父さんのお母さん、つまりあなたのおばあちゃんがね、年を取ってトイレを失敗し始めたとき、情けなくてもう生きていられないって、しばらく絶食したことがあったわ。口を引き結んで開けなくなってしまってね。どうにか説得して食べてもらったけれど、プライドの高い人でね、かなりショックだったみたいよ」と。
父にも思いがあるということ
祖母と同じように父も、自分で排泄の処理ができなくなったことが情けないと思い詰めているのかもしれない。下の世話してくれる人へ申し訳なさを伝えたくて、やっと言葉を絞り出しているのかもしれない。そう考えると、父のことが理解できるような気がしました。
母も「私との面会では、愚痴を言いたくなくて口を閉じているのかもね。それか、長年連れ添ってきた間柄だから話さなくても伝わると気を許しているのかな」と言い、とりあえず認知症の心配は収まったようでした。
後日、母に、紙に書いた私の質問を父に見せてほしいと頼みました。
「娘からの質問だよ。父さん、本当は自分でトイレに行きたいのだよね?」
ゆっくりゆっくり母が読んでみせると、父はじっと文字を見つめてうなずいたそうです。口にはしたくないし、口にしても愚痴になる。決して現状に納得しているわけではない。父の中にはやはり葛藤があるのだとわかりました。
その後、母は面会時間に父から言葉を引き出そうとするのはやめて、少しでも父の気持ちを和らげようと、黙って手をさすってあげるようにしたとのこと。すると、父はじっと母の顔を見て、家族の話、畑の話にうなずいてくれるようになったそうです。
まとめ
高齢になるとなかなか言葉が出にくくなると言います。もともと寡黙だった父は、さらに話さなくなりましたが、病院の方々から様子を聞いたことで、父の思いに気付くことができました。会話や反応がないからといって、まったく理解していないとか認知症だとかすぐに決めず、父の気持ちのほうに寄り添っていきたいと思いました。
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マンガ/山口がたこ