
中学時代から大学進学までの息子との関係は、振り返ると胸が締めつけられるような時間でした。反抗期という言葉だけでは片づけられない、親子の距離と不安に揺れた日々だったのです。母として、そして中学1年のときに夫と死別して以降は父親代わりとして、私は必死に息子と向き合ってきました。
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忘れ物を追いかけても、振り向いてもらえなかった朝
ある朝、出かけた息子の忘れ物に気づき、車で慌ててあとを追いました。ちょうどバスから降りてくる息子を見つけ、名前を呼びましたが、こちらを見ることもなく無視されました。それでも追いかけ、ようやく忘れ物を手渡したものの、言葉を交わすことはありませんでした。
また別の日には、近所のコンビニで一緒に買い物をしていたはずが、いつの間にか私から離れ、まるで他人のような態度で振る舞われたこともあります。隣にいるのに、心の距離だけが遠く感じられました。
見学先で突然消えた息子と、探し回った時間
特に忘れられないのは、滑り止めとして受験を考えていた高校の見学に、バスで出かけた日のことです。バスを降り、校舎に入ったあたりで、ふと気付くと息子の姿が見えなくなっていました。
見学どころではなく、敷地内や周辺を必死に探し回りました。当時はスマホもなく連絡が取れないため、公衆電話を探しては家にいる娘に電話をかけ、「連絡はないか」と何度も確認しました。近くの道路を行き来しながら、不安と焦りで胸がいっぱいだったことを覚えています。
しばらくしてようやく息子と連絡が取れ、その日は帰ることができましたが、同じような出来事が何度も続きました。
別れ際に渡した1通の手紙
そんな日々を経て、息子が大学に進学し、アパートで1人暮らしを始めることになりました。引っ越しの別れ際、私は1通の手紙を息子に渡しました。
そこには、これまで一生懸命に生きてきたこと、母として、父として、息子を育ててきた思いを、そのまま書きつづりました。その瞬間、私は親としてではなく、一人の人間として息子と向き合っていたのだと思います。
それから少しずつ、息子の態度は穏やかになっていきました。以前のような険しさは影を潜め、私に寄り添い、協力的な姿を見せてくれるようになったのです。
まとめ
長く苦しかった時間は、決して無駄ではなかった。そう思えるようになったのは、あの手紙を渡してから、しばらくたったころのことでした。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:今川りか/70代女性・無職
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年1月)
※一部、AI生成画像を使用しています
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