
父の介護が本格的に始まったのは、私が仕事と家庭の両立に追われていた40代半ばのころでした。軽度の認知症と診断され、「まだ日常生活は自立している」と言われていた父。しかし、ある日を境に、私たち家族の関係は大きく揺らぎ始めました。
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突然向けられた「食べさせてもらっていない」という言葉
ある日、父が強い口調で「何日も何も食べさせてもらっていない」と言いました。私は耳を疑いました。私は毎日、父のために食事を用意していました。作り置きもしており、冷蔵庫を確認すると料理はたしかに減っています。それでも父は「誰かが勝手に食べた」「自分の分はない」と言い張るのです。
事実を否定されるつらさと、どう説明しても届かないもどかしさ。胸の奥がぎゅっと締めつけられるようでした。
親戚からの疑いと、崩れかけた家族関係
さらに追い打ちをかけるように、父が親戚に「虐待されている」と電話をしていたことがわかりました。事情を知らない親戚からは責められ、兄弟間でも意見が割れました。「本当にちゃんと世話をしているのか」と疑われたときは、言葉を失いました。自分なりに精一杯やっているつもりだったからこそ、悔しさとむなしさが込み上げ、涙が止まりませんでした。
介護は体力だけでなく、心も削られていくのだと痛感しました。家族の信頼関係が、こんなにも簡単に揺らぐとは思ってもいませんでした。
第三者が入ったことで見えた変化
限界を感じ、私はケアマネジャーに相談しました。食事内容を記録する仕組みを整え、訪問介護も導入しました。第三者が関わるようになってから、父の訴えは少しずつ落ち着いていきました。親戚も状況を理解してくれるようになり、張りつめていた空気は、次第にやわらいでいきました。
その後、医師から説明を受け、父の言動は認知症による被害妄想の一種である可能性があると知りました。その言葉を聞いたとき、ようやく少し冷静になれた気がします。
この出来事を通して、私は介護の難しさを身をもって知りました。正しさを証明しようとするほど、かえって溝が深まることもあります。父の中では、それが「現実」だったのだと思います。
まとめ
家族だけで抱え込むには、あまりに重い問題でした。専門職が関わることで、父の生活だけでなく、私自身の心も守られたように感じています。介護は、誰かひとりの努力だけでは支えきれないと実感した出来事でした。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:佐藤花/40代女性・会社員
イラスト:sawawa
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年2月)
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