
父を自宅で介護していたころの出来事です。今でも思い出すたびに、胸がぎゅっと締めつけられます。「あのとき、どうして私は……」という後悔が、何度も頭をよぎるのです。
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かろうじて動けていた父
父は肺がんが脳に転移し、腫瘍の影響で左半身が徐々に不自由になっていきました。それでも当時は、まだなんとか自分の力で動くことができていました。
私は自宅で父を介護していました。ある日、どうしても外せない用事があり、買い物に出かけることに。父は「ひとりで大丈夫だから」と言い、私は「何かあったら、すぐ電話してね」と伝えて家を出ました。用事をまとめて済ませるつもりだったため、2〜3時間ほど家を空けていました。
帰宅後に目にした光景
用事を終えて帰宅し、家の中に入った瞬間、胸騒ぎがしました。トイレのほうへ向かうと、父がトイレと壁の間に挟まるようにして倒れていたのです。運悪く、不自由になっていた左側を下にして倒れてしまっていたため、自力で起き上がることができなかったといいます。
「倒れてから、どれくらいたったの?」と聞くと、父は静かに「多分、3時間くらい……」と答えました。トイレに入る際、電話は持っていなかったそうです。そのため、私に連絡をすることもできなかったのです。
父の「大丈夫」という言葉
あのとき、父はたしかに「大丈夫」と言いました。私も、その言葉を信じたい気持ちがありました。けれども、帰宅後に目にした光景は、私の中に強く残っています。どれだけ本人が「大丈夫」と言っても、実際には予測できないことが起こるのだと痛感しました。
その後、音声で呼びかける機器も導入しましたが、父にはあまりなじまなかったようで、ほとんど使われることはありませんでした。便利な道具があっても、本人が使いやすいと感じなければ意味がないのだと身をもって知りました。
まとめ
あの日の出来事以来、私は「大丈夫」という言葉の重みを考えるようになりました。介護する側の不安と介護される側の自尊心。その間で揺れ動きながら、私は今もあの光景を忘れられずにいます。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:増田真澄/40代女性・パート
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2026年2月)
※一部、AI生成画像を使用しています
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