母が認知症と診断されてから、もう10年が経ちました。最初のころは、現実を受け入れることができず、月に一度の実家への帰省も苦痛でした。一緒に散歩したり、買いものに行ったり、台所で楽しそうに料理を作っていた母の姿が、まるで遠い昔の夢のようでした。
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できなくなることが増えて
いつの間にか、母はひとりで外出することも、料理をすることもできなくなりました。徘徊(はいかい)が始まったときは本当に不安で、夜も眠れませんでした。見知らぬ場所で母がひとりでいる姿を想像するだけで、胸が締めつけられるようでした。
今では、母は話すことも、笑うことも、そして立つことすらできなくなってしまいました。ベッドに横たわる母の姿を見るたびに、胸が痛みます。それでも、月に一度、実家に帰り、母の姿を見ると、なぜかホッとする自分がいます。
精一杯生きる母の姿を見て
介護は大変です。精神的にも肉体的にも、つらいと思う瞬間がたくさんあります。でも、母は精一杯生きています。その姿を見るたびに、私も頑張ろうと思えるのです。
認知症に対して、一部で「ボケ」という言葉が使われ、恥ずかしい病気というイメージを持つ方がいるかもしれません。以前の私もそうでした。がんや他の病気と比べて、認知症だけが特別視され、隠そうとする風潮が少なからずあることを不思議に思っていました。
誰にでも起こり得る病気だからこそ
トイレに行けない、ごはんを食べられない、ひとりで歩けない……。これらの症状は、他の病気でも起こり得ることです。
しかし、認知症の場合、「情けない」という感情が先に立ってしまうことも。周りの人も、そして本人さえも、そう感じてしまう部分があるかもしれません。
まとめ
10年間、母と向き合い、介護を通して、認知症は誰にでも起こり得る病気であり、私は認知症を「恥ずかしい病気」とは思いません。むしろ母は頑張って生きている、そう心から思います。母の闘病生活は、私にとって人生における大切な学びを与えてくれています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:北川美和/40代女性・会社員
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2024年10月)
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