
私の父ががんと診断されたのは、ある年の春のことでした。抗がん剤治療が始まりましたが、2年ほど続けたところで、心身ともに限界が来たのか、父は治療の継続を自ら拒否しました。そこからは、いわゆる「みとり」の時間が始まりました。
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意識がもうろうとする父の本音
父には強い痛みがあり、鎮痛剤が処方されていましたが、その副作用で幻覚を見ることが何度もありました。あるときから、父は医師に黙って自分の判断で痛み止めを止めるようになりました。現実と幻の間をさまよう日々が続いたのです。
それでも、ふとわれに返る瞬間がありました。ある日、父がぼそりとつぶやいたのです。
「こんな姿、皆に見せたくないな……」と。
その言葉に、私はハッとして、「今は、親族や友人には会いたくないということ?」と静かに聞いてみました。父は少しうなずいて言いました。
「見られたくないし、葬式も家族だけでやってほしい」
父の願いをかなえる決意を
その後、母や弟とともに何度か父の気持ちを確認しましたが、父の意思は変わりませんでした。最終的に、私たちは父の願い通りに、家族だけで見送ることを決めました。
当時は、“家族葬”という言葉がようやく広まり始めたころで、親族の中には強く反対する人もいました。理由を説明し、「父の希望です」と何度も伝えましたが、なかなか理解されませんでした。
特別ではなくなった家族葬
それからしばらくして、時代は大きく変わりました。感染症の流行もあり、家族葬は特別なものではなくなっていきました。
そして、不思議なことに、かつて父の家族葬に反対していた親族のひとりが、後に自分の衰えた姿を人に見せたくないと話しているのを耳にしました。人は、いざ自分がその立場になってみて、初めてわかることがあるのかもしれません。
まとめ
あのときの父の「見せたくない」というひと言が、今も心に残っています。そして、自分がどのように最期を迎えたいのかを誰かに伝えておくことの大切さを、父は教えてくれたような気がします。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:時田等/50代男性・会社員
イラスト/おんたま
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2025年7月)
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