今は訪れる親族もいない1人暮らしの高齢者…待ち受け画面に残されていたものとは【体験談】

今は訪れる親族もいない1人暮らしの高齢者…待ち受け画面に残されていたものとは【体験談】
今は訪れる親族もいない1人暮らしの高齢者…待ち受け画面に残されていたものとは【体験談】

数年前、知り合いから頼まれたのをきっかけに、高齢者向けに見守りも兼ねた弁当配達パートを始めました。私自身50代で、同居している義両親や、遠方の実家で1人暮らしをしている母の介護に日々不安を感じています。弁当配達では実に様々な高齢者に出会います。今回は、80歳代1人暮らし、古びた一軒家に住み、庭の手入れはもちろん、家の掃除もほぼしない、Tさんのお話です。仕事を通じて「1人暮らしの高齢者」の暮らしぶりを垣間見た、弁当配達員の体験談です。

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1人暮らしの荒れた様子

Tさんは、80代の男性で1人暮らし。住まいは昭和期に開発された住宅地の一軒家。すでに玄関のドアはゆがんでいて開けにくく、呼び鈴も鳴りません。配達で訪ねても、こちらの声が届いているのかいないのか、なかなか出てこないことが多くあります。ようやく姿を見せたときには、ズボンがずり落ちかけ、半分出ているおしりのあたりをポリポリとかきながら出てくることも度々ありました。

また、家の周りは草が伸び放題で、郵便受けからは紙くずのようなチラシがこぼれ落ちています。家の中は物が散乱し、ここ1年は掃除をしたことなどないのではと思われる状態です。

弁当は毎回きちんと完食でしたが、「あまり食欲のわかん弁当や」「食べるのがしんどい」などと、毎回のようにため息をつき、物言いたい素振り。また、「弁当、もっと安くできんのか?」など同じ質問を繰り返すなど、会話を引き延ばす傾向が見られました。人恋しいからかもしれません。弁当配達員として適度にお話はしますが、ねばるTさんへの対応には正直困ることも。

ただ、弁当店の責任者は、「Tさんの所は時間がかかりがちだけど、できる範囲で本人の話を聞いてあげて」と苦笑いし、私たち配達員をねぎらってくれていました。

いやいや、乗っているでしょう?

Tさんには、いくつか気がかりな場面が見られました。現在、もう運転免許は持っていないと聞いていました。それにもかかわらず、自宅の横にある車庫の車のタイヤの角度が日によって変わっていることに、私たち配達員は気付いていました。「Tさん、運転していませんよね?」と声をかけると、「いや、乗ってねーよ」さらに問い詰めると、「ちょっと動かしただけ」と、そっけなく返されます。

それ以上問い詰めると、ふてくされたように顔を背けてしまうこともありました。車の運転は、免許がなくては決してできません。Tさんに何度も言うと、注意されるのを嫌がるような態度を見せました。それはどこか子どものような一面にも見えました。

玄関には、埃をかぶったままの作業着や道具が吊るされていて、かつて建設現場で働いていたであろう名残が見えました。Tさんが長い年月、現場で汗を流しながら働いてきたことが伝わります。きっと、仕事への行き帰りには、毎日車を運転し、夏の暑い日も、冬の寒さの中でも、頑張って働いてこられたのでしょう。

Tさんは苦情も多いし手のかかる利用者さんでしたが、私を含め配達員皆で、家族からのサポートの気配のないTさんの今後を常に気にかけていました。

ガラケーの待ち受けに見えた家族の思い出

ある日、弁当配達に行くと、Tさんが玄関先にしゃがみこんでいました。「いつの間にか、変わっとって……」と言って、小さな携帯電話を差し出してきました。いわゆる“ガラケー”です。表示されている時計の文字が急に小さくなったとのことで、大きく見えるようにしてほしいということでした。

いつもにも増して深いため息をついて肩を落として落ち込んでいるTさんから携帯を預かり、メニューから設定を開き、表示サイズを調整して大きい表示に戻してあげました。「時刻の文字、大きくなりましたよ」と携帯を渡すと、Tさんは無言のまま画面をじっと見つめ、ゆっくりとポケットにしまいました。

お礼の言葉も何もありませんでしたが、私は垣間見たものに少し胸が締め付けられました。ガラケーの待ち受け画面には幼い子どもたちの笑顔が並んでいたのです。ぼやけた写真でしたが、日常の1コマを写したもので、おそらくはお孫さんたちでしょう。ずいぶん前の写真でした。

遠方にいる娘さんとは連絡を取れていないと聞いていましたが、その小さな画面の中には、Tさんと家族が親密だったころの1コマが確かにありました。

しばらくして猛暑を迎えた夏の盛り、Tさんは急な体調悪化のために入院ということで、弁当の配達は中止となりました。

まとめ

Tさんが在宅当時、ケアマネジャー訪問は月1回程度。Tさんの健康状態はそう悪くなさそうだったので、介護サービスを受ける頻度は低かったとのことでした。私たち弁当配達員が玄関先で交わすほんの数分のやりとりが、Tさんの日々の中でどんな意味を持っているのかはわかりません。ただ、Tさんの長い人生の一端に触れて、Tさんの今の寂しさが改めて伝わってきました。

Tさんが入院したことを知った日。その夜、私はなんとなく、1人で住む遠方の母に電話を入れました。母は幸い元気な様子でした。私の話を聞くと、「高齢者にはそれぞれいろんな人生があったってこと。もちろん、私にもいろいろあったのよ。例えば……」と、母の思い出話が続きました。私は、それを聞きながら、今度、母のスマートフォンの待ち受け画面に最近の写真を入れたいなあと思いました。

※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。

著者:名和なりえ/50代女性・パート

※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2025年8月)
※AI生成画像を使用しています。

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