
私の母は長年高血圧を抱えていましたが、元気なころは家事も外出もこなし、特に介護が必要になるとは思っていませんでした。しかし、ある日突然倒れて入院し、脳梗塞による後遺症が残ったことをきっかけに、私の生活は大きく変わりました。そこから始まった母の介護は、戸惑いと学びの連続でした。
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突然の入院と、変わってしまった日常
母が倒れたのは本当に突然のことでした。脳梗塞と診断され、右半身にまひが残り、退院後は車椅子での生活に。
自宅に戻ってからは、これまでの生活が一変し、食事・入浴・トイレなどあらゆる場面で介助が必要になりました。
当時の私は介護についてほとんど知識がなく、どう支えていけばよいのかわからず、目の前の現実に気持ちが追いつかない日も多くありました。母自身も不安や戸惑いから感情が不安定になることがあり、どう接するべきか悩む毎日が始まりました。
少しずつ覚えた介護と、母の変化
そんな中で支えになったのが、家族やケアマネジャーの存在でした。助言を受けながら、介助の方法や接し方を少しずつ覚えていきました。
体の介護だけでなく、精神面での寄り添いが必要だと感じる場面も多く、母の表情や言葉を注意深く見守る日々でした。
それでも、認知症の進行は止められず、母が娘である私の名前を思い出せないこともありました。そんな姿を見るたびに胸が締めつけられ、毎日が試されているような気持ちになったのを覚えています。
みとりの決断と、母との最期の時間
数年がたち、母の体調は次第に悪化していきました。医師から「いつお迎えが来てもおかしくない」と告げられ、家族で話し合った結果、母を自宅でみとることを決めました。病院よりも、慣れ親しんだ家で家族に囲まれて過ごすことが母にとってよいのではないかと感じたからです。
最期の日、母は静かに息を引き取りました。痛みが少なかったことが救いでしたが、心の中には深い喪失感が残りました。介護やみとりの時間を振り返ると、心の準備や覚悟がどれほど大切かを痛感しました。
まとめ
母の介護を通して痛感したのは、予期しない変化に備えるために、家族同士で話し合い、情報を共有しておくことの大切さでした。また、専門職の支えがどれほど心強いかを身をもって知りました。介護は決してひとりで抱えられるものではありませんが、家族や周囲の支えとともに向き合うことで、母との時間を最後まで大切にできたと感じています。
※記事の内容は公開当時の情報であり、現在と異なる場合があります。記事の内容は個人の感想です。
著者:佐藤志保/50代女性・会社員
※ベビーカレンダーが独自に実施したアンケートで集めた読者様の体験談をもとに記事化しています(回答時期:2025年12月)
※一部、AI生成画像を使用しています
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