母の介護と育児-ダブルケアの日々 vol1 – ダブルケアがもたらす「罪悪感」とは

母の介護と育児-ダブルケアの日々 vol1 –  ダブルケアがもたらす「罪悪感」とは

ダブルケアという言葉を知っていますか?

“ダブルケア”という言葉を聞いたことがあるでしょうか。厚生労働省によると「晩婚化・晩産化等を背景に,育児期にある者(世帯)が,親の介護も同時に担う」こととなっています。また、平成28年度の調査では日本国内で約25万人いるという報告(※)もありました。

私がこの言葉を知ったのも、実際に自分自身がその立場になってから。子どもが小学校に入学した頃から、20分ほど離れた実家に住んでいる母親の介護が始まりました。

「ダブルケア」って知ってる!? ― ダブルケアに関するアンケート調査結果まとめ ― 

母の病の予兆

子どもが保育園を卒園する冬、最初に倒れたのは父でした。幸い、自宅で倒れたこと、母が異変に気付いてすぐに救急車を呼んだことが功を奏し、「一過性脳虚血」という軽い脳梗塞で2週間ほどの入院で済みました。

仕事を休んで父を見舞った帰り道、母がしきりに「足が重だるい、痛い」と言うのです。病院は実家から一駅のところでしたし、駅に近かったため歩く距離が長いわけではありません。

ほぼ毎日お見舞いに行ったり、洗濯物や衣類などの準備をしたりということはありましたが、足を痛めるほど負荷がかかっているとは思えませんでした。そのため「お父さんが急に倒れて、びっくりした?疲れもあるんじゃない?」と言って特に気に留めず帰りました。

この時は、まさかこれが母の病気のサインとは思いもしませんでした。

保育園卒園は一大イベント

子どもが通っていた保育園では、卒園前の1年間をかけて思い出作りのイベントがあり、卒園アルバム制作や謝恩会の準備など、卒園生の保護者全員で分担することになっていました。わが家はひとりっ子でしたから、私にとっても子育てのすべてが「初体験」。

「フルタイムで働いて子育てをする時間がないから保育園に預けているのに」と思いながら、思い出作りの旅行や、遠足、お楽しみ会などの合間に、係として謝恩会会場との打合せやパンフレット制作もこなさなくてはなりません。

まだまだ手がかかる子どもの世話もあって、本当にあわただしい毎日を送っていました。子どもも環境の変化を感じ取ってか、その年の1月から3月は頻繁に熱発し、職場に保育園からのお迎え呼び出し電話が何度もかかってきて、体調コントロールと仕事のバランスにも悩まされる毎日でした。

それでも、ランドセル選びや就学前健診、上履き入れや体操着入れの用意など小学校入学準備のための細々した用事は絶えることなく、その年の3月は目まぐるしい忙しさでした。

ダブルケアは双方に「罪悪感」をもつことがつらい

しかし、私が子どもの卒園、入学準備で忙しくしていた間も、両親の老いるスピードは止まりませんでした。

寒い春で、桜の開花が遅れているというニュースが流れていた、そんな時期。ランドセル姿を一目見せようと実家の両親に連絡をしたところ、母の具合が悪くなっていることを知らされました。

一過性脳虚血から退院し、自宅で療養しながら生活していた父はだいぶ復調はしたものの、今度は大腸の内視鏡検査を受けるなど、新たな火種もくすぶり始めていました。

父の入院時に「足が鉛のように重くて疲れる」ことを訴えていた母は、その後疲労からか膀胱炎を患い、その際処方された抗生物質が身体に合わずに漢方に変えてはみたものの、なかなか下半身の違和感が取れなかったようです。

しかし、楽しみにしていた孫のランドセル姿を見に来られないほど具合が悪くなっているとは……。卒園や入学準備で忙しく、連絡をあまりとっていなかったことを後悔しました。

この「罪悪感」については、その後も何度も何度も感じることになります。母親の方に時間と労力を割くと「子どもに悪いなぁ」と感じ、子どもと一緒の時間を過ごしていると「両親に悪いなぁ」と感じるのです。これこそがダブルケアならではの重圧かなと思います。

■著者の体験による個人の考えを記事にしています。

※参照
https://www.gender.go.jp/research/kenkyu/pdf/ikuji_point.pdf

Takako Maruyama
作家と書籍の広報PRの仕事をしています。40歳で出産し、小学校に通う子どもが一人います。パーキンソン病で要介護4の母、80歳になる父を週末介護しています。

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