「いつも強く頼れるもの」と思っていた親がだんだん高齢となり、心身ともに弱っていく姿を子どもはなかなか受け入れられません。介護をするなか、認知症や高齢から来る行為や発言だとわかっていても、子どもの頃のイメージから抜けられず、混乱したり、きつい言葉を投げかけてしまったり……。そんな自分の姿に落ち込んでしまったという話を耳にすることがあります。
日本はすでに、65歳以上の人口が全人口に対して21%を超える「超高齢社会」に突入しています。緩和ケア医の大津秀一先生は、「高齢化が進み、様々な苦悩を持つ方たちが増えてゆくこれからの社会で必要なのは、お互いがお互いを助ける『共助』ということになる」と、著書『相手の心をひらき、信頼を深める 傾聴力』のなかで述べています。
また、2000人以上の最期を看取ってきた大津先生は、「誰もが自らを救う強い力を持ち、それを助けるのが『傾聴力』だ」と言います。もしかしたら、高齢や認知症になった親に向き合うために、この「傾聴力」が大きな力を発揮するのではないか、介護カレンダーはそう考えました。
「傾聴力」を身に付けることで、親の不安を支えるだけでなく、自分の不安をも救うことにつながるのかもしれません。
大津先生の著書『相手の心をひらき、信頼を深める 傾聴力』(大和書房)(※)から、「『聴く』ための技術」を一緒に学んでみませんか!?
「聴く」ための技術
●傾聴に必要な技術
ここから「傾聴」の技術についてお話しします。
傾聴は心と技術の双方が大切です。
心だけでは上手に支えることは、ひょっとするとできないかもしれません。だから技術もとても大切です。
けれども、心は強調してし過ぎることはないくらい重要です。「傾聴」の心を知っているからこそ、技術が生きてくるのです。
さて「傾聴」の心、もう一度確認しておきますね。
苦悩する人を支える時の心です。
①その方の一番の気がかりとなっていることを聴きましょう。
②一番の気がかりだけではなく、4側面(身体、精神、社会、スピリチュアル)の苦しみを聴きましょう。
③その方の物語を意識しながら聴きましょう。可能だったら今に至るまでの経過を話してもらうことです。そこから物語、背景をつかみます。
この3点を基礎として聴きましょう、ということです。
傾聴はおしゃべりではありません。
苦悩する方を支える人は、普通におしゃべりをしているようでありながらも、一定の指向性(目指すところ)を胸に話を聴かなければなりません。
前述の①〜③を意識することで、単なるおしゃべりではなく、その方の「苦」が見え(①)、その方の苦の構造が見え(②)、その方の物語や背景が見えます(③)。そうすることによって、その方の問題が可視化され(①、②)、その方の過去と現在が立ち現れます(③)。
問題が見えることで、どこから手をつけたら良いのかが見えます。苦悩者も自らの問題に気がついて、それが解決のきっかけとなるかもしれません。
物語をなぞることは、新しい物語の形成のきっかけになるかもしれません。何の意味もないように見えた人生に何らかの意味が新しく立ち現れて、そして人生の捉え直しが起き、苦難を乗り越える力を新たに手に入れることにつながります。
あるいはどうしても物語が変容しない時には、援助者が思うままに何かを口にしても良いかもしれません。「○○さんは、そうすると、お父さんには愛されてきたんですね」「××さんはそうすると、お仕事は成功したということですよね」と。
それによって距離が近すぎて本人自身には見えなかった意外な価値が新しく立ち現れるということがあるのです。だからこそ援助者は十分に苦悩者の言葉に耳を傾け、苦悩者の人生に新たな(しばしば見つけられていない)価値が転がっていないか探しながら聴く必要があります。
そういうわけで、傾聴の「心」と「技術」は不即不離です。傾聴の「心」を知らなければ、この技法のもっとも大切な、「苦と物語の探索」が不可能です。
ただ援助者にとって大切なのは、苦悩する方と接するからと言って、こちらも必要以上に深刻にならないということです。一方で、もちろん相手にある程度合わせなくてはいけませんが、元気づけようと、必要以上に明るくする必要はありません。
ただこれから「この方の苦を知っていこう」「この方の物語を聴いてゆこう」「この方の物語の中に眠る宝石を探そう」と思えば、未踏の広大な世界を旅する冒険家のような心持ちになるかもしれません。「好奇心」を胸に、進んでゆくのが一番です。この方の、きっと興味深いものになる「物語」を探そう、という気持ちで取り組んでゆくことです。
本記事は『相手の心をひらき、信頼を深める 傾聴力』(大和書房)(※)の一部を抜粋、再編集しています。
早期緩和ケア大津秀一クリニック院長。
茨城県出身。岐阜大学医学部卒業。日本緩和医療学会緩和医療専門医、日本老年医学会専門医、総合内科専門医、日本消化器病学会専門医、がん治療認定医。
2006年度笹川医学医療研究財団ホスピス緩和ケアドクター養成コース修了。内科専門研修後、ホスピス・在宅・ホームなど、様々な医療機関で老年医療、緩和ケア及び終末期医療を実践。東邦大学大森病院緩和ケアセンター長を経て、早期緩和ケアの普及・実践のため、2018年8月に遠隔診療を導入した早期緩和ケア(診断時やがん治療中からの緩和ケア及びがんにらない緩和ケア)外来専業クリニックをさきがけとして設立。
著書に『死ぬときに後悔すること25』(新潮文庫)、『老年医療の専門医が教える 誰よりも早く準備する健康長生き法』(サンマーク出版)などがある。