心やさしい83歳のスパイに会いにいく
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介護カレンダー編集部が見聞きした「介護」にまつわる情報をさまざまな観点からお届けします。

介護カレンダーの「介護施設探しの体験談」には、入居を決める前に施設を見学したり、体験入居をしたりして、その施設に合う合わないを見極めようというアドバイスが寄せられます。もちろんそれはとても大切なことだと思いますが、施設内で虐待が行われているなどというニュースを見たり、自分の見えないところで生活したりと、入居を決めてもさまざまな不安が胸をよぎります。

昨年(2020年)の第33回東京国際映画祭、第17回ラテンビート映画祭にて『老人スパイ』のタイトルで上映、そして今年(2021年)第93回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にもノミネートされた『83歳のやさしいスパイ』は、老人ホームにカメラが潜入、まさに私たちが知りたい入居者たちの生活や孤独、心の声を垣間見ることができるドキュメンタリー映画です。
(※文中で映画の結末に触れています)

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このドキュメンタリーの主人公は83歳のセルヒオ。ある日新聞で「高齢男性1名募集」「80歳から90歳の退職者」「長期出張が可能で電子機器を扱える方」という求人広告を見つけ応募したところからドキュメンタリーは始まります。仕事はなんと老人ホームに潜入するスパイ。「自分の母親が虐待されているのではないか」と疑う家族からの依頼でした。「トイレが汚い」とか「汚れたオムツをはかされている」とか「介護士が暴力をふるっている」とか、まさに家族が知りたいことを全てを報告することが雇い主である探偵事務所のロムロからセルヒオに与えられた任務です。

© 2021 Dogwoof Ltd – All Rights Reserved

そして驚くことにこれはフィクションではなくドキュメンタリーだということ。入居者が撮影されることに構えてしまわないように、実際にセルヒオが潜入する2週間前から、監督をはじめとするクルーは老人ホームでカメラを回し続けていたそうです。作り物でない彼ら、彼女らの表情はとても自然で、だからこそ、見る人の心を打ちます。

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スパイであるにはやさしすぎるセルヒオ。入居者の悩みを聞き、相談にのり、その距離をどんどん縮めていきます。結局、依頼者が心配していた母親に対する虐待の事実はなく、セルヒオは雇い主であるロムロにこう言います。「入所者はみんな孤独だ。面会は少ないし、家族に捨てられた人もいる。孤独ほどつらいものはない。彼女に本当に必要なのは家族の愛情だ」と。そう報告するとセルヒオは家族の元に帰っていきました。

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監督であるマイテ・アルベルディは、「鑑賞後に、親や祖父母に連絡したいと思ってもらえたら」と、語っています。どんなに快適な施設でも、どんなにスタッフが優しくても、家族と離れて暮らす孤独を埋められるのは、やはり家族なのかもしれない。この作品を見終えて、そんなことを考えました。

なかなか終息しない新型コロナウイルスの影響で、多くの高齢者施設では面会を制限しています。入居しているかたが孤独を感じることなく、穏やかな毎日を過ごせますように。筆者も離れている家族や友人に会いに行きたくなりました。

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83歳のやさしいスパイ 7月よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開
監督・脚本:マイテ・アルベルディ 出演:セルヒオ・チャミー ロムロ・エイトケン2020年/ドキュメンタリー/チリ・アメリカ・ドイツ・オランダ・スペイン/89分/カラー/ビスタ/5.1ch
日本語字幕:渡邉一治 配給・宣伝:アンプラグド

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